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ロンドンの物乞い

日本人がロンドンに来て驚くことの1つに、物乞いの多さが挙げられるかもしれません。

東京にも多くのホームレスの方がいますが、物乞いはしませんよね。

日本のホームレスは自分で自販機の下に落ちた小銭を探したり、空き缶やゴミを集めるなどしているイメージがあるので、ロンドンの物乞いと比べるとプライドがあるように思っていました。

恥の文化というか、侍スピリッツというか。

しかし今回、この記事を書くにあたって調べたところ、日本で物乞い(乞食)行為は軽犯罪法に抵触することを知りました。

なぜなら日本国民の三大義務の1つは「勤労」だからです。

もし物乞い行為が法に触れないのであれば、日本でも行き交う人々に物を乞う人々がいたかもしれませんね。

でもロンドンのどこででも見る物乞いですが、実はアジア人の物乞いを見たことはほとんどありません。

なぜでしょうね?

 
 

 


物乞いと言っても色々あります。

道端に座り込んで道行く人に声を掛けたり、小銭の入った紙コップを鳴らしてみたり。

 

少し治安の悪い地域に住んでいた時、終電で帰ってきて駅前のKFC(ケンタッキー・フライド・チキン)でお持ち帰りしバスを待っていたところ、ドレッドでちょっと怖いおじさんに

「俺ゃー今日が誕生日なんだよぉぉ、そのチキンくれよぉぉ」

としつこく絡まれたことがあります。

家は駅から徒歩12分くらいの距離だったのですが、治安が悪いからバスで帰ろうとしていたのにそこで絡まれるとは。

しかもそのバス停には多くの人がいましたが、誰も助けてくれませんでした。

その前に住んでいた場所はクラブやパブがあり、夜中には酔っ払いも多い繁華街でしたが、か弱い(!?)日本人女子が絡まれていて誰も助けてくれないことはありませんでした。

本当に治安の悪い地域では、下手に助けて自分が被害を被ることを避けるのかもしれません。

 

またパブの外で呑んでいる人や喫煙している人、また飲食店やクラブの列に並んでいる人、なんだったら駅の改札から出てきた人にお金やタバコをせがむ人もいます。

そう、日本から来たばかりのころは、道端でタバコをせがむ人の多さに驚いたものです。

 
 

タバコをせがまれた話で1つ思い出した話があります。

 
 

とある日本食レストランで働いていた友人がいました。

仕事を終え夜12時くらいに店を出ると、いつも決まって3~4人の黒人少年たちがたむろしていて怖かったそうです。

ある夜、彼女の同僚が勤務を終え店を出て歩いていると、白人の男の人にタバコを1本くれと言われたそうです。

彼女は非喫煙者だったので、タバコ自体を持っておらず

「Sorry, I don’t have.」

と言うと、突然その男に顔面を殴られたとのこと。

彼女は顔を抑えてうずくまってしまいました。

するとバタバタと駆けつけてきたのが、いつもたむろしていて怖いと思っていた黒人少年たち。

「どうしたんだ!?何をされた!?」

彼女が去っていく白人男性の背中を指さしながら殴られたことを告げると、少年たちがその男を追ってフルボッコにしてくれたそうです。

…ええ子たちだったんだ~~

 
 

この白人男性は物乞いではなさそうでしたが、何かを乞われてむやみに「ない」と言うのは怖いなぁとその話を聞いて思いました。

タバコを吸っている人に「1本ちょうだい」はこちらではよくある話だと思うんですが、非喫煙者で持っていないタバコを「ない」と言って殴られるなんて。

しかし以前、何かの記事で「物乞いをしていて一番悲しいことは、自分の言葉や存在が完全に無視されること」というのを読んだことがあり、それ以来、何かを乞われたとき無視はせず目を見て「Sorry」と言うようにしています。

無視するにしろ、目を見て断るにしろ、いきなり殴ってくる人というのは予想がつきません。

これを読んでいる方々がそんな目に遭わないことを願うばかりです。

 

ちなみにタバコに関しては、禁煙している人がお酒を飲んだ時などにどうしても1本吸いたい、でも1箱買いたくはない、なんて時に誰かに乞うこともあるそうです。

 
 
 

日本ではホームレスの方が物乞いをすることもないし、知らない人にお金をあげることはほとんどないと思います。

しかしこちらでは宗教の影響があり、施しをする人が少なくありません。

信心深い友人やチャリティで働いている友人などは、乞われるとポケットを探って小銭を渡しています。

女性の前で乞われて、ええかっこしたくて小銭を渡す男性も時にはいる気がします。笑

私は基本「Sorry」で、何かをあげたことは数回しかありません。

キリスト教やイスラム教の信心深い方は、自分が貧乏だろうと、もっと貧しい人に分け与えることで徳を積んでいるようですが、私は他人様を助けている立場ではないと思ってしまいます。

チャリティやボランティアで、路上のホームレスたちに食事や毛布を配る人たちを見かけることもよくあります。

 

 
 

あるホームレスの話として

「物乞いで1日200ポンド(2019年11月時点のレートで約28000円、しかしその記事を読んだ当時は倍くらいでした…!!)ほど稼ぐ」

なんて記事を読んだ日にゃあ、

 

私より稼いでるじゃん!!私もホームレスになるべきか!?

なーんて思っちゃいましたよ。

だって30日で84万円、非課税。笑

休みを入れて月に20日としても56万ですからね、いい暮らしが送れますよ!

それなのに彼らがなぜそんな生活を送っているのかを考えると、やはり薬物やアルコール依存が頭をよぎります。

 

 

私は趣味でピアノを弾くのですが、自分のピアノがなかった頃はストリートピアノやパブリックピアノと呼ばれる公共のピアノに時々行っていました。

実は公共のピアノとホームレスの方は結構縁があるんです。

娯楽が少なくてつまらないからか、音楽を娯楽として聴きに来る人もいるし、興味を持って独学で練習してみたり、なんだったら弾けるようになって演奏でお金をせがむ人もいました。

 

 

とある駅でお金を稼ぐツールとして公共のピアノを独り占めしていた物乞いがいたのですが、その人が「ピアノマン」としてニュースに出ていたのを見た時はたまげました。

公共のピアノですから、弾きたい人がいれば交代で弾くなどそれなりのルールがあるのですが、ガタイのいい黒人男性のその物乞いは

「俺はあと3時間は動かねぇから!!他行けよ!!」

などと他の人を一蹴し独占していて、公共ピアノ界(?)では鼻つまみ者でした。

そんな奴が「ピアノマン」とは…!!

たいして上手くはありませんでしたが、独占しているだけあって、久しぶりに見た時に上達しているなと感じたことはありました。

何時間も独占していたのはもちろん小銭を稼ぐためですが、それとは別にそれだけの時間をピアノに集中できる、ある種の情熱があったのかもしれません。

 

しつこい物乞いがいると、時々こんな風に言う友人がいます。

「ただ乞うだけじゃなく、下手でもなんでもいいから歌うなり描くなり、お金をもらうに値する何かをすりゃいいのに。何もせずにただ乞うというのは自分は考えられない。」

 

傲慢さで鼻つまみ者だった“ピアノマン“ですが、ピアノマンとして報道されたおかげでお金を稼げる道筋を見つけ、ホームレス生活から抜け出せたのかもしれません。

 

 
 

また別のある駅のピアノでは10メートルくらい先に物乞いの人たちが時間交代制で座っていました。

私の顔を覚えていたかはわかりませんが、私の演奏で覚えてくれて挨拶してくれるホームレスがいました。

そのうち2人は兄弟でした。

交代の時に(定かではないけれど)東欧っぽい言葉で話している2人。

外国に来て兄弟で物乞いとは。

どういった経緯でそうなったかはわかりませんが、弟の方は薬物中毒者っぽい目をしていて少し怖かったので、それが原因かもしれません。

私にも挨拶してくれるフレンドリーさがあるからか、かなりの人が足を止めて彼らに小銭や食べ物をあげているのを何度も見ました。

顔なじみの人が多いようで、ちょっとした世間話をしたりして。

時には抱えきれないほどで、私にその中のケーキをくれたこともあります。汗

 
 

 

ある時はイギリス北部出身という中年男性のホームレスに話しかけられました。

なかなか音楽を聴ける機会がないから嬉しい、と。

そのうちぽつりぽつりと話し始めました。

以前は会社経営をしていたそうですが、事業が失敗して家族とも別れ、ロンドンに流れ着きホームレスになったとのことでした。

誰でもホームレスになる可能性はあるというドキュメントを見たことがありますが、この男性の話を聞いたときには考えてしまいました。

そうなる前に手を差し伸べてくれる人はいなかったのか、と。

特に会社経営をしていたとなれば、それなりにお金のある知り合いもいたはずです。

クレジットカードなどで当面の生活費を工面することもできたでしょう。

そしてイギリス人で家族もいたとのことですから、親戚も国内にいたでしょう。

事業が失敗したにせよ、破産してやり直す道もあったのではないか?

でもさすがにそこまで突っ込んでは聞けませんでした。

外国暮らしで家族がいない身の私なんか、もっとホームレスになる可能性があるかもしれないなぁ、なんて思ったりして。

 

 

若いイタリア人のホームレスに出会ったこともあります。

まだ10代で、数万円程度の所持金を持ってロンドンに来て、友達の家を転々としているけれどここ2週間ほどは泊まる場所がなく駅で寝泊まりしているとのことでした。

ちょっとゲイっぽい雰囲気で、イケメンとは言えないものの、モデルになるためのオーディションを受けているとのことでした。

持ち物はテスコ(スーパー)のビニール袋に入った、下着などが入っている少々の荷物。

時々公共のジムに行ってシャワーを浴びると言っていました。

色々なホームレスの話を書きましたが、さすがに今回の10代の子は心配になってしまいました。

先ほど書いた「誰でもホームレスになる可能性がある」ドキュメンタリー番組で、家庭環境が悪く家を飛び出してホームレスになる10代の子のことも取り上げていました。

そのイタリア人の子は家庭に問題があるのかないのかわかりませんが、若いし外国人だし、なんとなく放っておけませんでした。

何から調べればいいのか見当がつかず時間が掛かりましたが、スマホで調べると若いホームレスにベッドを提供しているチャリティグループを見つけました。

その駅からは歩いていける距離です。

本人は「ベンチで仮眠するから大丈夫だよぉ~」てな調子でしたが、人々が行き交う場所にあるベンチではゆっくり休めないでしょう。

そのチャリティグループの電話番号と地図を持たせ、送り出しました。

 

  
 

日本では物乞いをしないので「ホームレス」、こちらでは「ホームレス」&「物乞い」。

しかし物乞いをするというのはそこにコミュニケーションが生まれることでもあり、日本のホームレスよりもこちらの物乞いの方がまだ社会とつながりがあるように思えます。

日本では自己責任を問われることが多く、ホームレス生活は私には関係のないこと、あなたの自己責任でしょう、と考える人が多いのに対して、こちらでは社会の問題として捉え、自分も社会の一員としてホームレスに関わっていく人が多いようにも思います。

社会として成熟しているのはどちらなのでしょうか。

それぞれが自立して生きていくのが成熟とするならば日本かもしれないし、他者の痛みを理解し支えあって生きていくのが成熟とするならイギリスだろうし。

皆さんはどうお考えでしょうか?

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