宗教アレルギー③

Taj Mahal

宗教アレルギー②で書いたように、マッチングアプリで出会いを探していた頃には既に宗教アレルギーが発症しかけていました。

マッチングアプリをする中で、私には名前だけで「なし」にスワイプする対象がありました。

それはイスラム教の名前です。

これだけ聞くとやけに偏見に満ち溢れているように見えますが、実は真逆なんです。

イメージだけで判断しているわけではなく、話をして仲良くなったイスラム教徒の友人がたくさんいて、自分自身でも色々と経験したからこそのイスラム男性NGです。

それにはこんな背景がありました。

 
 
 
イスラム教徒と一口に言っても、いろんなタイプがいます。

ものすごく信心深くてしっかり毎日5回のお祈りをする人。

イスラム教では偶像崇拝が禁止されているので、(偶像を撮影することになってしまう)写真ですら拒否する人。

イギリスというイスラム教国ではない国で、何がハラル(イスラム教の教義で「許されているもの」)で何がハラム(同じく「禁止されているもの」)なのかを毎日議論している人。

かと思えばお酒もたばこも、何だったらクスリだってやっちゃうけど、豚肉だけは頑なに食べない人。

いろんなタイプのイスラム教徒がいるけれど、共通しているのは「豚肉は食べない・嫌い」なことなんですよね。

 
 
 

私がイギリスで初めて付き合った人は、お酒も飲むしタバコも吸う(でも絶対にクスリはやりません!)女の子大好きなゆるゆるイスラム教徒でした。

仕事を通じて出会ったのですが、大勢が集まるホールのような場所でなにか気配(殺気?!)を感じ振り返ると、私におそらく一目ぼれしている彼が立っていました。

女好きそうな、軽そうな雰囲気だったので絶対ないわ~と思っていたのですが、きちんと話してみると政治・経済にも明るくて会話が面白く、いつの間にかカップルになってしまいました。

 
 
 

そんな彼と付き合い始めの頃、彼が何か嫌なことをしてきたので私は豚肉を例えにして彼に説明しました。

細かい内容は覚えていないのですが、「もし私が豚肉をあなたの家で調理したらどう思うの?」というような、自分がされて嫌なことを相手にするのはいかがなものか、を問うものでした。

当時、彼は同じくイスラム教徒の親友と一緒に住んでいたのですが、私に言われたことを親友に話すと(例え話だというのに)その親友が激怒して「そんな女とは別れろ!」と言ったそうです。

彼はゆるゆるイスラム教徒でしたが豚肉だけには厳しく、いつかお気に入りだったチョコレートムースに豚由来のゼラチンが使用されていることを知った瞬間、全てゴミ箱に捨てていました。

また日系スーパーなどで私が買ってきた食材の原材料を細かくチェックして、豚肉由来のものがあると「これはゴミ箱行きね」など言ってくることもありました。

私も男性にただ従うタイプの女性ではないので、そんなことを言われた日にゃあカッチ―ン!!

生まれてこの方、小さい時からずっと食べてきた親しみのある食材(豚肉)を急に食べるなと言われて「はい、そうですか」とやめられるか、っつの!!

でも彼にしてみれば「ハラム(禁止されているもの)を口にする女と接吻できない」という、なんだか理解できる言い分があったりする。

そりゃあケンカは絶えませんでしたが、彼なりに大切にしてくれていて、付き合って1年が経つ頃には結婚も意識するようになりました。

しかし結婚するには私がイスラム教徒にならなくてはなりません。

私を大切にしてくれている彼のために、形式上イスラム教徒になることは了承しました。

でも彼の国に住むことは拒否しました。

さすがにイスラム教国の彼の国で暮らす覚悟はできなかったのです。

 
 

 
しかしその頃、事情があり彼が帰国しなくてはならない状況になりました。

もちろん彼は私と離れたくありません。

実は彼にとって私は初めての彼女で、私と出会うまでは自分が恋に堕ちる事すら想像できなかったらしく、「ある程度の年齢になったら両親が連れてきたイスラム教の女性と結婚するんだろうと思っていた」らしいです。

でもイスラム教徒ではない、日本人の私と恋に堕ちてしまった。

彼はそこそこ「いいとこ」の坊ちゃんで両親が厳しかったため、両親に私の事を話したことはありませんでした。

でもどうしても帰国を避けたい彼は意を決して両親に打ち明けることにしました。

 
 
 
電話口で日本人と真剣にお付き合いしていること、私と離れたくないから帰国したくないことを彼は両親に告げました。

すると思ってもみない反応が。

「おめでとう!彼女ができたなんて嬉しいよ。私たちも全面的に協力するから、今はとりあえず帰国して(事情が落ち着き次第)またロンドンに帰ったらいいじゃない。私たちも出来る限りのことはするから、とにかく一度帰っておいで。」

どんな叱責を受けるかと覚悟していた彼は拍子抜け。

いずれロンドンに帰ることをご両親も全面協力してくれるということで、彼は安心して帰国することになりました。

 
 
 
が。

 
 
 
帰国すると彼は両親から殴られ蹴られ、母親は泣いて「お願いだからその日本人と別れてちょうだい!」と懇願したそうです。

私はどうしてそんなに泣くほど懇願されなくてはならないのか、困惑と怒りでどうにかなりそうでした。

まるで犯罪者かのような扱いを受けているけれど、私に恥じるところは何もない。

ただイスラム教徒ではない日本人というだけ。

自分で言うのもなんですが、日本人って大抵の国で歓迎されます。

経済的にも国際信用度的にも、彼の国よりずっと評判がいいです。

こんな扱いをされる筋合いはない…。

帰国して間もなく、彼が出掛けている間に母親が私との思い出の品を全て燃やしたそうです。

手紙や写真はもちろん、手編みマフラーなんかもありましたが全て灰になっていたそうです。

彼は自宅で私に連絡することはできず、外へ出なくてはなりませんでした。

もちろんロンドンへ帰ることも全力妨害。

お金も取り上げられ、イギリスへ入国するビザの申請費用さえままなりませんでした。

それでも私たちはなんとか遠距離で関係を保っていました。

 
 
 
遠距離恋愛を続けていたある日、彼のご両親がメッカへ巡礼に行くことになりました。

彼にはお姉さんが二人いますが二人とも結婚して実家を離れていて、実家に住んでいるのは彼と彼の弟でした。

彼にはお兄さんもいましたが、お兄さんは両親の反対する女性(でもイスラム教徒)と結婚して実家とは絶縁状態だそうです。

だから次男である彼が長男代わりとして期待されていました。

彼の弟は当時、引きこもりニートで父親と険悪状態でしたが、彼とは非常に仲が良く、私たちがまだ付き合っていることも知っていました。

ご両親の不在にあたって、私を招待したらどうかと提案してきたのはその弟でした。

弟がそう言ってくれるなら、と彼は私を招待してくれて、鬼のいぬ間に彼の実家に泊まることになりました。

彼は観光地などを自分なりにまとめた自作ガイドブックまで作ってくれて、私が来るのを楽しみにしてくれていました。

 
 

 
彼の両親がメッカに巡礼へ行ったのは犠牲祭と呼ばれる祝祭の時だったので、私が到着した初日に彼と弟は親戚周りをしなくてはなりませんでした。

だから彼とほとんど過ごす時間もないまま初日は終わり、翌日の朝は弟の怒鳴り声で目覚めました。

何があったのかはわかりません。

でもとにかく私を追い出せと彼に怒鳴っていました。(ニートだった弟は情緒不安定なところがありました。)

そしてお姉さんたちに電話すると彼を脅しています。

よく事情もわからないまま、荷物をまとめて彼と家を出ました。

公園のベンチで彼と呆然としていると、お姉さんたちから鬼のような連打で電話が。

お姉さんたちは二人とも教師だったのですが、弟からの電話を受けて急遽午後のお休みを取り実家に帰る、どうなっているのかとにかく説明しろ、と怒鳴り声の留守電が何件も入っていました。

日本だったら、兄妹が両親の不在に内緒で恋人を連れ込んでいたら驚きはするだろうけど、仕事を休んで帰ってくるなんて信じられなくないですか!?

しかも教師=学校ですよ!?

生徒たちは午後、どうしてたんだろう??

お姉さんたちの勢いに怖くなりました。

 
 

仕方なくホテルを探すことにしましたが、イスラム教国である彼の国では結婚していない男女が同じ部屋に泊まることはできません。

結局はめちゃくちゃボロくて怪しい宿しか二人で泊まれるところはありませんでした。

その宿に5日ほど滞在しましたが、最終日にドアの鍵が壊れていたことに気付きました。

毎日もちろん鍵をかけて出掛けていましたが、最終日、鍵を使わなくても普通に開いてしまい愕然としました。

男女双方が外国人であれば、結婚していない二人でも観光客用のホテルに滞在することができるようですが、彼がその国の人だったのでそんなとんでもない宿しかありませんでした。

結局、弟がなぜ突然激高したのかはわかりませんでしたが、自分で「招待したら?」と提案しておいての追い出し。

そして鍵すらかからない宿での滞在。

本当にみじめでした。

 
 
 
彼がイギリスから離れる時に、私は「1年以内に帰ってくること」という条件を出しました。

でも彼が1年以内に帰ってくることはとても無理でした。

彼が帰国して1年経ったか経たないかの頃に、イギリスへの入国ビザを申請しましたが、書類不備で却下されてしまいました。

すぐに書類を揃え、再度申請したもののやはり却下。

それからは何度申請しても彼のビザは通りませんでした。

彼が帰国してから2年ほど遠距離恋愛を続けましたが、どうにも将来が見えずお別れすることを選びました。

それでも別れてから1年間はほぼ毎日連絡を取っていたので、実質3年の遠距離です。

こうして離れている間に、私は宗教というものについてもっと深く考えるようになっていました。

イスラム教徒の彼と結婚=「形式上」イスラム教徒になります!なんて軽く考えていたけど、もし子供ができた時には彼はイスラムについて子どもに教えるのだろう。

でも私は自分の子どもに、信じてもいない神様の事を説きたくない。

そもそも信じてもいないのに改宗すること自体、その宗教を信じている彼に対して失礼じゃないのか?

彼に泣きながら「申し訳ないけれど、あなたの神様を心から信じることは私にはできない」と訴えたこともあります。

彼はそれでもいいと受け入れてはくれましたが、私にはそれが後々問題になるように思えました。

ロンドンに住んでいた時こそゆるゆるイスラム教徒だった彼も、自分の国へ帰って時間が経つにつれイスラム色が強くなっているように感じていました。

ある時「結婚したらノゾミはヒジャブ(イスラム教徒の女性が被る、髪の毛を隠す布)を被るんだね♪」なんて言われたときは驚きました。

まさか彼が私にそれを望んでいるとは思いもよりませんでした。

またイスラム教徒の恋人がいることで、私がいつイスラムに改宗するのかと待っているイスラム教徒の友人もいました。

そんな友人にモスク(イスラム教のお寺)へお祈りに行こうと何度か誘われたこともありますが、どこか抵抗があり私は行けませんでした。

 
 
 

別れて2年半が経った頃、イギリス領事の友人ができた彼は、その領事を通じてようやくビザを取ることができ、ロンドンへやってきました。

別れて1年は毎日のように電話で話していて、それ以降も毎日ではないもののちょくちょく連絡は来ていました。

でも実際に会って、彼がハグしてきた時に触られたくないと感じている自分がいました。

友人としての軽いハグなら何とも思わなかったと思うのですが、どこか感情の入った、いつまでも離してくれないハグに対して嫌悪感を感じている自分がいました。

そして母国に帰って久しい彼の態度はなにやら横柄になっていました。

レストランでも店員さんに対してイライラしたり、何かと細かいことに対して文句を言ったり。

一緒に時間を過ごしていて気持ちのいいものではありませんでした。

それから更に1年半後、再び彼がロンドンに来ましたが、この時にはニオイすらダメになっていました。

私たちの関係の、本当の終わりでした。

 
 
 
彼と恋愛を始めた時、宗教に関しては彼が信じたいものを信じればいいという考えでした。

さすがにイスラム教徒として彼の国で生きていく覚悟はできませんでしたが、人種のるつぼであるロンドンならなんとかやっていけると思っていました。

ロンドンではイスラム教徒と日本人のカップルもたくさん見かけるので、彼らのように形式上の改宗でなんとかなると思っていました。

更には彼が自分の国へ帰って、そんなに信心深くなるとは思いもよりませんでした。

だから将来の子どものことを想像すると、いただけませんでした。

最初からわかっていたことだろう、と言う方もいるかもしれませんが、私は宗教や人種で偏見を持ちたくないタイプで、試してみないとわかりませんでした。

イスラム教徒と結婚して、相手の家族からかなり大切にされている日本人の話を聞くこともありますが、私の経験は全くの逆でした。

悲しくてみじめでした。

こんな経験を踏まえて、最初からイスラム教徒とわかっている男性を交際相手として見ることはなくなりました。

だからマッチングアプリを使っていた頃の私は、若干宗教アレルギーが発症しつつある状態だったかと思います。

に続きます。

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