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東京パラリンピック

東京オリンピック・パラリンピック意匠希海のぼやき雑記

「こら、見るんじゃない」

子どもの頃、身体的・知的障がい者の方を見かけた時に親にこんな風に言われたことがある人は多いんじゃないでしょうか。

大抵の場合、その理由はじろじろ見たら失礼だから。

目が見えない、手足がないなどは、まったく知らない人から見ても、きっと大変なご苦労をされているのだろうと容易に想像ができます。

そんな中、一生懸命生きている人たちを、子どもが興味本位で見つめるのは申し訳ないと思ってしまうのでしょう。

また時には、知的障がいの方が叫んだりしていて、それに子供が巻き込まれてはいけないとのことで見ないように諭す大人もいるでしょう。

 
 
 
子どもの時に「見てはいけない」と刷り込まれた意識は大人になっても残っています。

だからパラリンピックを観ると、どこかで見てはいけない気持ちになります。

見ているだけで痛そう・辛そうで、そんな方たちを見ることに罪悪感が湧いてしまいます。

実際、私のパートナーは
「ダメだ、俺、観られない」
と、パラリンピックはオリンピックほど観戦しませんでした。

 
 
 
小さいころから刷り込まれた意識や、障がいに対する同情心から、観たくない・観られない、と感じてしまうのは普通の事だと思います。

優しい人ほど、観られないと感じてしまうかもしれません。

だけどパラリンピック・アスリートたちは、自分の姿が世界中に放送されることを知っています。

それでもなお、代表として参加しています。

開幕前コメントで
「私がプレイしている姿を見ることで、多くの人が勇気付けられればいいと思う」
というようなことをおっしゃっているパラ・アスリートの方も多かったです。

こうなってくると、観ない方が失礼な気がします。

パラリンピックには子どもたちが招待されていて、コロナ禍での観戦に賛否両論ありました。

でも私は賛成です。

どの競技だったかは忘れてしまいましたが、ある競技で日本人選手が2位か3位になった会場で、子どもたちがジャンプして喜んでいる姿が映りました。

心の柔らかい子どものうちに、多種多様な人がいることを実際に肌で感じられるパラリンピックを観戦したことは、障がい者への理解に大きく役立つし、ここでの大きな感動は彼らの心に一生残ると思います。

コロナ禍ではありますが、マスクもしてきちんと距離も取られていましたし、私は一生ものの感動を与える方が素敵だと思いました。

 
 
 
差別や偏見というものは、未知なものや異質なものに対して生まれると思います。

健常者でも、中東やアフリカなど旅行した時にやけにじろじろ見られる経験をしたことのある人もいるでしょう。

日本でも、田舎の方で金髪碧眼の白人や褐色の肌の黒人が歩いていたら、目が離せないかもしれません。

それは自分の知らないものだから、自分とは違うものだから、見てしまうのでしょう。

好奇心旺盛な人は、未知・異質なものをもっと知りたいと思うものですが、保守的な人は差別したり偏見を持ったりするのかもしれません。

それはやはり、知らないものへの恐れではないでしょうか。

 
 
 

私は日本人というのはかなり好奇心旺盛な人々だと思っています。

島国で閉鎖的?ノンノン!!

日本ではお肉を食べる習慣なんてなかったのに、文明開化と共に一気に普及。

知らないものをまず試す勇気や好奇心があって、いいものはいいと受け入れ、さらに自分たち好みにアレンジするのが日本人。

日本ほど未知の文化を受け入れる国はほかに見当たらない気さえします。

 
 
 

最近ではLGBTという言葉もかなり広く使われるようになりました。

障がい者とLGBTは別物ですが、マイノリティという意味では一緒。

私は東京出身で、日本に住んでいた時からLGBTの友達はいましたが、ロンドンへ移り住んでからの方がLGBTの友人の数は増えました。

 

5年ほど前、そんなLGBTの友人の1人が日本へ仕事で数週間ほど行くことになりました。

アメリカ人男性で、イギリス人の彼氏がいます。

日本では仕事が終わると毎日のように飲み会に誘われ、ほろ酔いの同僚や上司から毎回、彼女はいないのか、どんな女の子がタイプなのか、と聞かれていたそうです。

あまりに毎日聞かれるので、ある日友人は意を決して伝えました。

「僕には彼氏がいます。」

飲み会の空気が一気に凍り付いたそうです。

そして翌日から全員の態度が変わってしまったそうです。

これは5年ほど前の話なので、今は日本人のLGBTに対する反応ももう少しマシになってるかもしれません。

しかし友人が滞在していたのは東京で、それこそ留学経験者なども多そうな超一流企業でのお仕事だったので、その話には驚いてしまいました。

東京にはLGBTも多く、海外経験者ならそれこそ理解もありそうなのに。

先述したように東京にいた時よりもロンドンに来てからの方がLGBTの友人が増えましたが、それはきっと、こちらでは隠さずカミングアウトしている人数自体が多いからかもしれません。

身近にいればいるほど、彼らの存在は異質なものではなくなります。

 
  

知らないから怖い。

わからないから傷つけたくない。

だからやっぱり知ることが大切なんですよね。

もっと知って、もっと身近になれば、必要以上にじろじろ見たり、逆に避けたりする必要もないでしょう。

知ること自体が、彼らにとって助けになると思います。

 

例えば脳性麻痺の選手。

手足は自由に動かせなくても言葉はしっかりコミュニケーションしている選手がたくさんいました。

声だけ聞いている限りでは、脳性麻痺があるとも気付かないでしょう。

脳性麻痺というと身体だけでなく言語や知能にも障がいの出る人が多いイメージでしたが、選手たちのやり取りを見ていてそのイメージが払しょくされました。

 

例えば視覚障がいのあるアスリート。

彼らにはガイドランナーと呼ばれる伴走者がついたりします。

アスリートとガイドランナー、この2人の息がどれだけ合っているかも競技に影響します。

そして良い結果を残した時に抱き合って喜ぶ姿は、喜びが2倍になっているようにも見えます。

 
 
例えば足がなく車いすでプレイしていたテニス選手。

試合後にスタスタ歩いていました。

あらっ!?と驚いてみると、義足を素早く装着して歩いていたのです。

そっか、車いすの選手だからといって全く歩けないわけではなく、義足を付ければ普通に歩けるんだ、と気付いたり。

 

例えば、最初は痛々しくて直視できなかった腕や足の切断面。

不謹慎かもしれませんが、見ているうちに慣れてきて、骨がなくてぷるぷる・つやつやっとした切断面の触り心地は良さそうだな~なんて思ったり。

手足のない選手で言えば競泳の金メダリスト、右腕以外の四肢のない鈴木孝幸選手や両腕のない山田美幸選手がどうしたらあんなに速く泳げるのか、心底驚いてしまいます。

麻痺などがあって思うように動かないにせよ、四肢のある選手はそれだけ早く壁にタッチしてターンもできます。

それが手足自体のない彼らがより速く泳いだうえにターンも上回る。

正直、脳みそが処理できない驚きです。

単純にすごいです。

命の輝きがそこにはあります。

 
 
 

パラリンピックの最初は、痛々しく見えて観るのが辛かったことだけでなく、オリンピックと比べてスピードが遅いことも気にはなりました。

数週間前まで毎日観ていたオリンピック。

それを観た後では、パラリンピック競技のスピードが遅く見えるのは仕方ありません。

でもだからこそ提案したい。

パラリンピックを先に開催することを。

後夜祭より前夜祭の方が盛り上がる気がします。

オリンピックが終わった後は、すでに「終わった」感を感じてる人が多い気がします。

でもオリンピックの前に開催すれば、これから始まるオリンピックへの期待も膨らませつつ、パラ・アスリートのスピードがオリンピックより少々スローなこともきっとそれほど気にならず、楽しめそうな気がします。

 
またパラの日程はオリンピックに比べてきつそうに見えました。

多くの競技が予選・決勝が同じ日にあったりするし、複数競技に参加している選手も多いので、身体は大丈夫なのかと心配になりました。

聴覚に障がいのある方は「デフリンピック」という大会があるそうですが、デフリンピックもパラリンピックに組み込んで、もっと競技や選手が多くなれば、余裕のある日程も組めるようになる気がします。

 
  

 
私は事情があって、日本に10年以上帰国していません。

この東京オリンピック・パラリンピックの年には一時帰国したいというのが、私の長年の希望でした。

しかし新型コロナの影響で1年延期になったにもかかわらず、その希望は叶いませんでした。

スポンサー(アメリカ)第一・興行収入第一なオリンピック委員会のやり方に思うことはたくさんありますし、オリンピック開催後の新型コロナ感染者の爆発的な増加も後悔しきれません。

でも私にとってこの東京オリンピック・パラリンピックは長年の希望だったので、画面を通じてではありますがしっかり毎日観ました。

パラリンピックが始まってからは、毎日パラリンピックに関する記事を書きたいと思いながら、本日・最終日となってしまいました。

オリンピックのアスリートからも感動をもらいましたが、今回、パラ・アスリートから受けた感動やメッセージは強く強く心に響きました。

「不可能はない」

「諦めない」

「”この日”のために、の”この日”が本当にやってくる」

今、心の弱っている私には強く響きます。 

 
 
 

健常者に比べて競技人口が少ないせいか、息の長い選手が多いのもパラの特徴です。

40代・50代で初メダルを取っている選手が多いのも素敵です。

今回見逃してしまった方も、次回パリ大会でぜひご覧ください。

私は今日・徹夜で、最終日を楽しみます。

 
 
 
追記

閉会式で、障がい者は世界人口の15%という動画が流れました。

15%!!

マイノリティではあるけれど、マイノリティというにはかなりの割合です。

やっぱり私たちは彼らの事をもっと知るべきです。知りたいです。

「東京」パラリンピックなのにNHKでしか放送がなかったのは本当に残念でしたが、次回パリ大会では民放でももっと放送してほしいです。

それがメディアの使命だと思います。

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